2014年3月29日土曜日

カリスマ店長がぶつかった壁

私の中で未だに忘れられない接客がある。あるジュエリーブランドの銀座ブティックでの体験だ。
見るからにゆったりとした優雅な雰囲気を醸しだしている40代の男性スタッフで、少々位負けしてしまいそうな印象を持ってしまうが、それを裏切る謙虚な姿勢で話しかけてきてくれる。こちらのペースに合わせて決して焦らせない。その意外性がまず驚きであった。あれこれ見ながらおずおずと「このリングがシンプルで素敵ですね」とこちらからいうと、トレイの上にすっとそのリングを出して見せてくれた。そこからのトレイの上のリングの動きはまさしく魔法だった。指の動きひとつひとつがさりげないようで、リングの最も美しい角度を知っていて、リングが自ら語りるかけるかように輝きを放たせる。心地よいストーリーが耳から入ってくるが、いつの間にかそのハーモニーで目はリングの動きに釘付けになっていた。先ほども別のブティックで同じリングを見たはずなのに、全く別物としか思えない魅力を醸しだし、”こんな素敵なリングはここでしか買えない!” と思っている自分に驚いた。その瞬間すっと、「全身鏡で身につけたところをご覧いただくのが一番ですよ。」とエスコートしてくれて、それをつけた自分は別の自分になっているように思えた。「見せる」のではなく「魅せる」という接客である。
 「高額なので一度考えてみます。」と買いたい衝動をぐっと抑えて伝えると、「左様でございますね。では、私本日7時まではこちらにおりますので、それまでゆっくりお考えください。」と後余韻までしっかり考えた対応だった。数時間考えたが、「どうせ買うならあの人から買うのが一番の贅沢だ」とい う確信を強くして、お店に引き返すことになった。そのくらい心をつかむ接客だった。
 実はその人は店長で、後日研修でお会いすることになるのだが、その話をすると店長から返ってきた言葉は以下の通りだった。
「私は一言で言えば銀座のお客様に相当鍛えていただきました。銀座という場所は厳しい基準を持ったお客様ばかりです。そのお客様に認めていただ くには、普通のことをしていてはとうてい無理です。研究に研究を重ね、どうすればもっと洗練された接客になるのか、奥深い接客になるのか、そして喜んでいただける接客になるか、考え続けなければなりません。それを何十年も考えてきた結果が今のような接客スタイルになっています。私はこの銀座という場所で働 くことに誇りを感じています。もちろん観光客の方、若い方もいらっしゃいますし、そういう方からも学ぶことは多々あります。ある意味一客一客が真剣勝負だからこそ、やりがいがあります。」
まさしくアート(芸術)と感じた接客を創り出していたのは、そういう信念からだったのだと気づかされた。
ところが、残念なことに、その店舗では他のスタッフの売り上げが伸び悩んでいたのである。その理由としては以下のことが考えられる。
  1. あくまで店長だからできる接客であって「とうてい自分には真似できない」とスタッフが思い込んでいる。また、価値観が多様化する中で、そこまでの努力を必死に行うほどの動機づけができない。
  2. 店長自身も「具体的に何をどうすれば自分に近づけるのか」をステップ化して説明できない。
  3. 店長が高い売り上げを一人で上げるので、スタッフはそのフォローで満足してしまう。
  4. 店長は売り上げ責任が最優先するので、どうしても個々のスタッフのマネジメントが希薄になる。
しかし、一番の問題はある時つぶやいた店長の心の中にあった。
「お客様にご満足いただくためのパッションは長年誰にも負けないと思ってやってきました。しかし、スタッフは自分で選んで採用しているわけではなく、正直あまりに考え方が幼くて驚くこともあります。それをいちから育成するというのは私にとっては気の遠くなることです。お客様はしっかり対応すると 応えてくださるし、それが結果となって跳ね返ってくるので大きなやりがいになります。しかし、スタッフは今日注意したことが、明日できていない。、時折むな しくなります。本当のところ、販売に向かっている方が自分らしくやれます。私は店長には向かないのかもしれません。」
自分と異なる価値観・スキルのスタッフを育成する仕事は、“忍耐”が伴う上に感情も入り込んでくるため、ケースによっては大きなストレスともなる。お客様は“合わない”となれば、相互に離れられるが、スタッフとの関係はそう簡単にいかない。カリスマであればあるほど求める基準が高い分、その ギャップが大きいのではないだろうか。しかし、店長自身も最初からカリスマ的に売れたわけではなく、努力した結果であると同様、育成も最初からうまくいくのではなく、研究を重ねることが必要である。それができるかどうかは、最終的に店長の育成に対する「パッション(情熱)」が影響する。店長はカリスマ販売員としての自分のビジョンは 鮮明に描けるが、スタッフが生き生きと働くビジョンを描けないまま店長業務を行っていることで、自分の中に大きな葛藤を抱えてしまった。店長になるには、やはりそれだけの“覚悟”が必要なのだと改めて気づかされたつぶやきだった。

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2014年3月23日日曜日

ファンづくりの努力があってこそ、お客様との価値共創が可能になる!

これまでの販売の仕方は「売り手」と「買い手」の関係をどう良好にし、スムーズに買っていただけるかを前提にしてきた。しかし、今やお客様の方が早く、豊富な情報を持っていることが多い時代である。「商品についての良さをわからせる」ことを前提に、商品知識を勉強し、説明トークを練習するだけでは、結果的に”押しつけ”になってしまうこともしばしばある。もちろん、プレゼンテーションはいつの時代も必要であることに変わりはないが、お客様との関係性のとらえ方をさらに進めて考えると、同じプレゼンテーションももっと威力を持つ。


では、どのような関係ととらえればよいのか?新しい関係性とは、「売り手」「買い手」の関係ではなく、お互いに同じ目的に向かって異なる強みを発揮し合い、さらに新しい価値を生み出す大切なパートナーというとらえ方といえる。例えば、コーヒーにこだわりを持つお客様がいらっしゃるとする。同時に、専門店として素材、製法、提案の仕方にこだわりを持つコーヒー店があるとする。お互いに「こだわりをもって、よりおいしくコーヒーを飲みたい」という目的は一致する。コーヒー店のスタッフは、「最高の状態で飲むには」ということは知っているから、その情報を提供する。しかし、本当の意味でどのようなシチュエーションで、どのように飲むとどのように感じるかのバリエーションは、お客様の方が知っている。いわゆる、仮説に対する〈検証結果〉をより豊富に持つのは、実は提供側以上に、使用する側であったりする。


しかし、「売り手」「買い手」の関係だけでは、販売する時点が関係性のピークとなる恐れがある。実際に使用してどうなのか?こちらが思う以上の使い方や価値の生み方があるのか?そこまでの興味を持てば、実は販売したところからが本当のパートナー関係造りの重要なステップとなる。ただし、一方的に「使ってみてどうでしたか?教えてください」と情報をとろうとするだけでは、わざわざそれを説明しなければならないお客様にとって、負担はあってもメリットは少ない。「実際に使用してどうなのか?どのようなバリエーションがあるのかを積極的に提供したい、あるいは提供するともっといいことがある」という魅力を感じていただく必要がある。
その関係性が構築できてはじめて「価値共創のパートナー」となれる。


私が以前お世話になったあるラグジュアリーブランドの店長は、そういう関係性を財産と考え販売前、販売時、販売後も丁寧にお客様とやりとりをしてきた。以下はその店長のお話である。
「高級なバッグを販売する以上、最高の状態で使用していただきたいと思っています。ただし、素材が”革”である以上生き物なので、使い方、しまい方ひとつでもこちらが想定する以上の色々なケースが発生します。だから、私たちはお客様が実際にどのように使用され、どのように感じられるかを大切にする必要があります。もちろん、販売する時に取り扱いの注意点は説明はしますが、バッグのためにお客様が生活されているわけではない。だから何か思いがけないことがあってお客様が相談されてきたときにこそ、いろいろ知るチャンスがあります。『なぜ、こんなシミになるの?なぜ色が落ちてくるの?なぜこのプリントが落ちないの?』それらは、貴重な事例になります。もちろん〈品質管理〉の部署に問い合わせて、会社としての回答を用意はします。しかし、それで処理したと考えるのは怖いことです。私は、自分が購入した自社のバッグでお客様と同じような使い方を試してみることがあります。そのような使い方をするとどういうことが起こるのか、それはなぜなのか?どのような回復策が考えられるのか?であれば、どのような提案を先にお客様にすれば良いのか?それは、次に別のお客様に提案させていただくときにとても大切な情報になります。お客様が丁寧に教えてくださらなければ見過ごしてしまうことかもしれません。販売した後も、いえむしろ販売したところから関係性が始まると思っていただいているからこそ、使用した後のきめ細かな情報がいただけることに感謝してます。」


会社から「固定客を〇人つくるように」と指示をされ、どうしたら高額品を買っていただけるか、どうしたら再購入していただけるかだけに関心を払っていては生まれてこない発想である。ラグジュアリーブランドによっては「生涯にわたってお使いいただけます」とという言葉をスタッフが販売時に発している。ただしそれが単に「丈夫」「メンテナンスができます」というレベルのセールストークであるなら悲しい。その真髄は〈お客様の生涯のいろいろな場面で起こりうることを共有し、共にどうあるべきかを考えることで、さらに新しい、あるいはユニークな価値を生み出していく会社ですいう姿勢を伝えているという自覚があってこそ、ブランドとしてさらなる価値を生み出せるのではないだろうか。

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